「なにか新しいことを作ろうとする人たち」が たゆまない努力の結果に成功しても、ヒガミを言われたり、 あら探しされてちょっとした失敗でも責任を追及され、 徹底的にバッシングされる。 「新しいことに反対する人たち」は、 それが失敗したら「だから言わんこっちゃない!」というが、 ならばもし、それが成功したら、自分の主張が間違っていたことに 責任を取るであろうか?追求されるであろうか? なぜか、それはない。 反対する人たちは、代案もなく、努力もせず、行動もせず、結果の責任も考えず、 ただただ反対するだけだ。反対するだけならリスクもない。 無責任に反対してるだけなのに、なぜか反対することが 政治や環境問題への感心行動だと勘違いしてる。 なぜか、世の中を良くしようと想って努力する人が厳しく糾弾される。 なぜか、なにもせず他人のすることに文句言うだけの人が野放しって。 逆だろ。 「努力する人を集めた国家」と「他人の文句ばかり言う人の国家」を作って、 それぞれ別の社会として生きればいいのに。 ただ、個人レベルで言えば、 行動なき主張は「自分は役立たずのくせに文句ばかり言う能なし人間です」と 自ら主張してるようなもので。おかげで、あらかじめ馬鹿を避けることが出来るので こちらとしてはありがたい。
by nopain-nogain
| 2014-08-29 21:20
| 人間
|
Comments(2)
|
|
ファン申請 |
||