思い出の宿が次々と消えていく
 
 
うつ病の頃の一人旅でお世話になった宿に、元気になったのでもう一度訪問したいと調べると、ちょうど僕が元気になったタイミングで次々と閉館してる。ま、それは理屈が通ってる。だって僕が好きな宿は、お客さんの少ない静かで安いボロ宿だ。採算が取れてるのか分からないような、そんな宿だから。

特に伊豆の宿KWDは別格。
このとき友達との大切な予定を忘れて、旅行に行ってしまったんです。宿でくつろいでる時に友達から電話がかかってきて、パニックになった。このとき脳がダウンしたのが解った。グニャリと音を立てて。それから一睡もできず、ゴハンもお酒も味がしない。弱っていたのは自覚があったから自分へのご褒美のつもりの旅行が、逆に他人に迷惑をかけたのが決定的で、自分は重症だと自覚した。


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その旅行の時の写真。暗黒面に落ちていくのが思い出される。

が、当時、その本当の出来事をブログには書いてないな。旅行に行ったことは書いてるのに。それはしょうがないか。本気で人間が崩れた時だから。まだ自分の内面を伝える文書力も覚悟も無かった頃だし。

そして帰り道。逆に病気を自覚した帰りのほうが、覚悟が出来てスッキリしたような気がする。そのことを当時の記事で「自分の進む道が解った」と書いてるんだとおもう。これから長くて重い闘病だな、って。(そのあと1年後に「あの旅行の真の姿」という記事を書いてる、でもまだ全容ではない。)



・・・・・・

その、約束をしてた(そしてドタキャンした)友達っていうのが、一昨日川崎で飲んだTTさん。あれからちょうど10年だ。繋がってる人もいれば、消えていく人もいる。よく、友達で居てくれた。ほんとうにありがたい。
 


その宿が、先月に閉館していた。この宿はもう一度行ってみたかったのに。
by nopain-nogain | 2015-04-18 18:41 | 徒然(つれづれ) | Comments(0)


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