早朝公園
精神の
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調子悪いので気分転換。
# by nopain-nogain | 2019-06-13 06:19 | Comments(0)
ずっと100%の芸術鑑賞

芸術の感想といえば・・・


・学生の頃は、他人と違う感想を言うのは悪いことだと教え込まれたせいで、自分の意見は言えず、みんなの真似をするか、無言で通していた。

・20代頃は、自分流のオリジナリティを出したいという願望をこじらせて、とにかく他人と違うヒネった感想を言おうとしていた。

・クリエイターとして目覚めた頃は、他人の意見や作品の有名無名など関係なく、100%素直な自分の感想を言えるようになった。意見が違うことを楽しく議論できる友達が増えた。そして自分の感想を言えないタイプの人とは交流を断った。

・クリエイターとして自信がついてくると、いつ頃からかわからないが、他人の作品に興味がなくなり、ほとんど見なくなった。たまに作品を見る場合は技術的な研究が目的。あるいは、スバラシイ作品を見たときは、作品よりも人間性のほうに興味が行った。





先週、久しぶりに美術展を見てきました。


散歩のついでや招待とかじゃなく、完全に自分の意思で狙いを決めて美術館に行ったのは3年ぶりか、もっと久々かも。この作者の作品は小学生のときから興味をもって見ていたが、ファンと言うほどではなかった。それが偶然か必然か、仕事で扱うようになり、作品や人物を詳細に調べてるうちに「これはスゴイ!」となり、以降ずっと心に住み着いてる人物。この人の本、28000円もするのに、どうしても欲しくて買ったものなぁ。

そんな人の展示会が数十年ぶりにあることを知った。しかも年齢からすると最後になるだろう。だとすれば相当の混雑で、まともに見れないだろう予想する。だから僕は行かないつもりだった。しかし同業者から「空いていたのでじっくり見れたのが良かった」という情報が流れてくる。「おお、そうなら行く!」と、行ってきた。美術展の結論は、非常に良かった。





しかし今回驚いたのは、自分の作品鑑賞の変化。


今までだったら感想を思い浮かべたり、ときには混んでいてよく見れないことを愚痴ったり、このあと何を食べようかと想像したり、勉強しようとしすぎて頭痛になり半分も見ないうちにリタイアしたり、そんな感じで感情と雑念の多い美術鑑賞をしていた。

しかし今回は全然違った。100%インプットのみで、アウトプットが100%無かった。作品に対する感想がほぼゼロ。いや作品だけでなく人間として感情がゼロ。とうぜんマナーとして他の鑑賞者に気を配ることはしていた。それ以外は、ただひたすらインプットだけをしていることに、途中で気がついた。

作品を眼で見ているのではなく、網にかかった大量の魚を一匹も逃さないように両手で(両眼で)掻き込んでる、そんな見方だった。それなのに、勉強感・充実感はずっと100%。だんだん上がるのではなく、100%を超えて150%になるでもなく。最初から100%で最後までずっと100%の一定感(そんなのありえない)。そしていつの間にか5時間もいたのだが、頭痛にもならなかった。

いままでに無い、とても不思議な状態だった。それを書き残したかった。






まま、少し現実的な話をする。

●一番勉強になったこと。紙の扱いとか、筆圧が異常に強いとか。ネットや本では知ることができない、生原稿を肉眼でみなければ知りえない情報を得られたことに大きい収穫があった。

●スマホカメラ撮影はOKだが、デジカメはNG。僕は初めて見るタイプの撮影規制だったけど、最近は定番の規制なのかもなぁ。でも納得だよね。デジカメだと長く撮影しちゃう人(マナー悪い人)いるし、印刷したらコピーできちゃう。スマホなら短時間で、SNSで宣伝にもなる。というわけでデジカメはフル充電だけど、急遽スマホ撮影になったので、途中で電池がなくなってしまたのが残念。


●上記に関連して。スマホ本体が白かったので、作品に写り込んでしまうのが残念。持参したデジカメは、白ロゴも黒く塗りつぶしてあるくらい神経をつかってるんだけどね。次に美術館行くときのために、黒いスマホケースを買っておこう。あと携帯用のPLフィルター(映り込み防止フィルター)を探してみよう。


●上記に関連して。やはり美術館に行くときは黒い服装がいいね。明るい色だと作品に反射して、ダメ。本気の他人にも迷惑。

●撮影はスマホのみ可。ということで女子はもちろんオジサンも「キャシャ!キャシャ!」とスマホ電子音が引っ切り無しに、時には耳元で鳴らされる。昔の僕だったら精神的にやられて「無音カメラアプリくらい普段から準備しておけ!」と、脳が悪態ついていただろう。でも今日はごく少し現実世界に戻されただけで、ほぼ無音の世界にいた。まるで水中にいるように、音の記憶がまるで無い。あ、耳はインプット0%ってことか。


●展示内容なのか宣伝ポリシーなのか、クリエイター客が多く、一般客が少なかった。つまり、何が言いたいかというと、全体的にマナーが良かった。何年か前のフェルメールのときは地獄だった。




●家から電車一本の行きやすい美術館。オープン展示もたくさんやってて、居心地が良い。今回ほど濃くなくてもいいから、また来たいな。





見終わってベンチに座ってたら脂汗がすごかった。ギトギト。5時間、飲み物もトイレもなし、息もしてなかったからね。じゃあ銭湯でサッパリできたら最高だなぁ、と思ってスマホを取り出した。しかし電池5%で検索諦め。少し散歩して、適度な居酒屋さんで美味しいお酒を飲んで、帰宅。



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良い一日でした。



# by nopain-nogain | 2019-06-04 09:41 | お出かけ | Comments(0)
「害がない人」っていう他己紹介
近年、出会う人が良質な人ばかりなのはどうしてだろう?という疑問があった。おおざっぱに、下記の3つのどれかかなと思っていた。

・自分が成長した(人間不信が治った)
・周りの人が成熟し、変人の僕を受け入れてくれてる(年齢層の変化)
・世の中全体が良くなっている(社会的時代的なもの)


人と関わるのが楽しいので積極的に団体行動に参加していたのだが、さいきんいくつかの団体で「良くない人間」「レベル低い集団」も変わらず居ることが解った。たいした努力もせず、他人の幸せをひがんだり、自分のミスを誤魔化すような、人間性の低い人達。どうしてそんなに馬鹿でいられるんだろう・・・というわけで世の中は変わっていないということを知った。自分自身の変化の結果、良き人たちのテリトリーに囲まれ、レベル低い人たちが視界から外れたのだった。



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良い人自慢。


先日、あるお店の○十周年記念祝賀会に招待された。引っ越してきたばかりでまだ1年も通ってないのに、とても嬉しかった。だが一方で招待されてない先輩常連さんもいるので、この話題は口にしないようにしていた。しかし周りの人が言ってしまうので、少しヒヤヒヤした。

祝賀会の当日、会場では端っこの暗い席に割り当てられて、自分には居心地良いピッタリな場所にしてくれたなと納得して着席。同じテーブルの人に初対面の挨拶すると、やはり同じように静かなタイプの人でまた安心。無駄な社交辞令とか無く、言葉は少ないが、ひとつひとつに意味がある会話。居心地の良さを確かめる。

少し宴が進んだ頃「サインしてください」という人が数人きた。どうやら有名な女性らしい。本来は頂点に座るべき華やかな人が、この端っこの暗い席に居るのは、本人の希望なのだとおもう。「どういう有名人か」ということは、僕も彼女も話題にしない。

時系列は1年前にさかのぼって。
このお店に入った最初の日に「やさしさオーラがにじみ出てる」と言われ、いろいろサービスしてもらった。この記事。他の常連さんに紹介するときも「この人いい人」と連呼。やがて数カ月たった頃の僕の紹介文は「この人、まったく害がない人」になっていた。そんな他己紹介は初めてだ。「害がない人」って。

時系列は祝賀会に戻って。
僕とこの女性が同じテーブルに配置されたのは、ぼくが「害がないから」選ばれたんだろうな、と解った。そもそも招待されたのも、害がないから利用しやすいということだと思う。そのおかげで、著名な人と同席・会話することができた。そして逆隣の席には、TV局のディレクターの人。この人と盛り上がったのは、先日の記事に書いたとおり。向かいの席は今日の司会の人。このテーブル、4人とも演出側の人だ。すごい。


というわけで、僕はこの「害がない人」っていう紹介文がとても気に入っている。


数年前「この人はスゴイ人!」っていう他己紹介をされて、とても嫌な思いをした時期があった。そのことは何度も何度もブログに書くほど辛かった。現在は「この人いい人」っていう他己紹介が多くて、おおむねスムーズに入っていける。でもこれ古い常連さんに対して言われると反感を買ってしまう場合があるので、すこし落とすように気を使っていた(実際にはそういうトラブルはまだ一度もない、いい人ばかり)。そこにきて「害がない」ってのは反感を持たれにくい。そして警戒されない存在だと、いろいろな話しをてくれるので、先輩たちの面白い情報が聞けるのも楽しい。




それにしても「害がない」っていう他己紹介はとても絶妙だな~。もう自分から言っちゃおうかな「僕、まったく害がない人間なんです」って。自分で言ったら変かな?






# by nopain-nogain | 2019-05-19 09:23 | 心理学 | Comments(0)
朝の公園
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# by nopain-nogain | 2019-05-16 07:10 | Comments(0)
西向きの家を非常に気に入っている。
●引っ越して1年経ったらマンション購入のイロイロをまとめようと思っていた。のだが、例によってまとめようと思うといつまでたっても書けない病になっている。このまま時間がたつと感動や書きたいことを忘れてしまいそう。なのでちょっとずつ小出しで書こうと思う。今回は「家は南向き」のこと。


●部屋選びでは昔から「南向きが良い」とされている。また西向きの西日は嫌われているようだ。たくさんのメリットデメリットを経験した先人たちの総意なのだろうから、素直に信じていた。




●ちなみに前住居は南向きの7階で眺めも良かった。

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前居・北西方面。夕焼け。


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前居・南方面。朝焼け。





●今回の物件探しした地域は、良くないとされる西向きが多かった。それは予算が少ないから南向きが候補に上がらないのだと思ってた。だがしかし高級マンションでも西向きが多くて、なぜかと考えていた。この辺は南北に流れる一級河川が多く、それに沿った道路や区画にすると、どうしても西向きになるんだと思う。7割8割の物件が西向きか東向きだ。そんなわけで地理的な理由で南向き西向きという条件は考慮しないことにした。


●結果、西向きのマンションになった。1年住んで実感したのは、南向きよりも西向きのほうが断然良い!ということ。

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東。窓をオレンジに染める朝日。



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西。なぜか、神奈川よりも東京のほうが空がきれい。なぜ?


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同じく西。きれいな夕日を毎日見られる。いい感じ。


●家の間取りと窓の位置がちょうど良かったというのもある。西ベランダの南側が開いていることや、リビングの出窓がやはり南側に開いてるので、午前中の太陽光も入ってくる。東には窓2つとベランダがあるので、実質的に東南西の三方から光が入ってくる。マンションの6階でそれほど高くないが、視界に大きい建物がないことも良かった。

※間取り図を載せても良かったんだけど、それだと生々しすぎるというか、この場合載せないほうがいいだろうね。



●北向きってなにかメリットあるだろうか?何も思い浮かばないなぁ。強いて言えば、ここからだと北関東の山脈が見える、くらいかなぁ。最近はエアコンも常備だし、デメリットも少なそうだけど。



●逆に、直上の写真に写ってるような、高級でも規模が大きすぎるマンションは、太陽に乏しい。ウチの三分の1くらいかな。ご近所の新築一軒家は、太陽ほぼゼロ。僕ならたぶんウツで死んじゃう、2年もたない。



●これほど太陽の話で盛り上がってるのは、僕がヒキコモリでずっと家にいることや、不眠症で今何時か分からないような不規則な生活だから。セロトニン不足のウツ人間は、太陽の光で健康が左右されるのを痛いほど知っている。



●ですから、健康的で一般的な会社勤めの人だとほとんど家に居なんだし、僕ほど喜ばないかもしれないなぁ、どうだろう。



●ここから昔話になります。そういえば前の前の家は一日中ほとんど日照が無く、しかもずっと雨戸締めてヒキコモってたので、鬱を激化させる大きい原因でもありましたね。

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雨戸閉めきりなので結局カーテン買わなかった。


●ココに引っ越して2年たった頃、大家さんに「いつ引っ越してくるんですか?」と聞かれた。それほど命薄かった。30歳代。死。ちなみに大家さんの家は目の前である。あああ思い出すと長文になるので割愛。



●そんなわけで心機一転、南向きの前居に引っ越した。のですが、せっかく日当たりが良くなったのに、すぐに窓に目張りしました。色を使う仕事なので、自然光で色味が変化すると仕事にならないのです。で、今の仕事部屋も引っ越してすぐに黒で目張りしました(笑)。まま、目張りしたのは半分で、あと半分は遮光ロールスクリーンで開閉できるようにしました。徹夜開けで朝日を見ると気持ち良いし、昼間は真っ暗にもできます。それにしても仕事部屋が居心地良すぎて困る。




●改めて前居の写真を見ると、空気の透明感が悪い。もしかしたら写真技術が原因かもしれないけど、肉眼で見ても今の空のほうがスカッとキレイなんだよなぁ。それとも精神的なものかなぁ。ちなみにココでは毎日キレイな朝焼け夕焼けが見れられるが、前居では週に1回くらいだったな。神奈川から東京、そんなに離れてないのに。




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東の部屋から花火が見れる。



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西の部屋からも花火が見れる。宅配ピザとビールで花火見物した。



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スカイツリーも見れる。でもこの写真は近所で撮ったもの。家からはまだ撮ってない、せっかくなのでちゃんと撮りたいと思うけど望遠レンズが未だに引越荷物に埋もれてて。





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部屋の奥の方まで入ってくる西日、時間とともに変化していく様子が、光のアートみたいで非常に気に入っている。





東から登る朝日、西に沈む夕日。これを見ているとき、幸せを感じる。






# by nopain-nogain | 2019-05-07 02:11 | 引越し | Comments(0)
編集の美意識


「編集」が好き。


●飲み屋で知り合った年上男性と映画や本などのクリエティブな話題で盛り上がってて。気を許して、理解されなくても良いから「実は僕、創作と同じくらい編集が好きなんです」って試しに言ったら「あ、そうなんだ!」と、急に握手。その人、むかし〇〇放送局のディレクターだったんだって。そっからはさらに奥の話題まで話せるようになった。嬉しい。


●学生とかの若い頃。映画や本などの作品物に「編集」というスタッフがクレジットされてて、「フィルムを継ぎ接ぎする雑用係なのに、なぜ大きくクレジットされてるんだろう?」って思ってた。30代中盤になって創作が仕事として上手くいっている要因を分析したら、無意識だったけど自分のやってることは「編集だ」と気が付いた。そして作品作りにおいての編集の重要さ、編集の楽しさを知った。


●自分の感覚、および他人作品を見てて、素材と編集の割合は(おおざっぱに)50%:50%くらいだとおもう。ときおり素材10%なのに編集で大成功してる作品、逆に素材100%なのに編集で大失敗してる作品も見かける。


●「構成作家」ってのも同じなんだろうな。文章を書いてるときは編集というより「構成してる」って感じる。



●出版社に所属する「編集者」っていうのは、まったく別。そういう立場のことじゃなくて、自分に身についてる作家レベルのスキルのこと。






●頭でイメージした起承転結が、編集していくうちに全部入れ替わったりする。もう別の作品っていうくらいの驚くほどの大編集である。これは一般的には二人の人間が居ないと発生しない事象なのだけど、僕が一人二役できるのは精神病で多重人格だからだとおもう。もう少し正確に言うと、作家・編集・読者という三重人格がせめぎ合って書いている。だからいつも姦しい。脳が。




●先日の「日光旅行」の記事。素材は揃ってるけど、全体の構成が整うまでに1ヶ月くらいかかった。中盤から写真の色合いの変化が少ないことが原因で迷いが出て、また1週間くらい間があいた。書けない時期に「書かなきゃ」という焦燥感があり、これはブログ依存症なのか、編集としてのタイミングに対する敏感さなのか、自分ではわからなかった。たぶん半々くらいだと思う。


●日光旅行の最後に「余談」をつけるのは、迷った。旅行中のことだけど、別記事にして健康カテゴリに入れたほうがいいか。いろいろ考えて、今回は団体行動に関連するメンタルなので、あとで読み返したときの記録の関連付けとしても、旅行記に含めた。


●旅行記が書き終わって一息ついた。が、最新記事が「妄想」ってのは、構成として良くないなぁ、もう一つ別の明るい記事書かなきゃ、という構成に対する義務感というか美意識みたいのがあった。でも適度な記事がない(大きい記事しかない)ので書けなかった。


●僕は作品創りの仕事をしてるから編集の本質を知ることができた。けど、クリエイターじゃない人や若い人は「編集・構成」の重要性って知ってるのかな?いま、クリエイター側にいると、学生でも「構成作家になりたい」って人がいるけど、あくまでこっち側にいるから聞こえる声であって、一般的にはどうなんだろう。まぁこんど聞いてみるか、迷惑にはならないだろうし。


●作品創りだけでなく商売や人間関係など、人生の全てにおいて編集が重要なスキルになっている。いま幸せなのは、編集ができるようになったからだというのが、80%である。


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# by nopain-nogain | 2019-04-30 10:37 | 執筆 | Comments(0)
日光旅行 その7 余談


旅行中に脳内で考えていた妄想です。





●忘れていた激動の地
積極的に里帰りするなら当然自分の思い出に沿うことになる。しかし他人のルートで地元を走り回ったことで、自分でも忘れていた活動の地を思い出すことができた。

特に真岡市では、お店2件売買で親みたいな社長さんに土下座されたことや、顔が半分ない女性、ゴルフ場引き抜き、マンション競売、U社長逮捕、深夜呼び出されて襲われそうになったことなど、忘れていたことを思い出した。こういったイベントも小さく見えるくらい、もっと激しいイベントで埋め尽くされた時期だった。


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24歳頃のメモ。共同経営してたこのお店、僕が撤退した直後に大規模な盗難にあった。いろいろギリギリ。忘れてた出来事。






●車の運転
本文中にも書いたけど、車の運転の判断が難しかった。旅行中運転してくれた人は安全運転なのだが何度か道を間違えたりしてて、僕のほうが運転に慣れてる&地元旅&地図が読めるということで、自分が運転するのがベストと分かっていたのだが。もし「代わって」と言われたらすぐ代わるけど、でも自分から「運転するよ」とは言えなかった。

僕が団体行動が苦手な理由の一つに「いつも自分が責任者にされる。自分を犠牲にしても団体を優先する。でも何もリターンがない。そのうえ嫌われる」という辛い経験が多数あるから。そして精神病になりヒキコモリになって他人と接触しなくなった。

今日は、それぞれ旅行慣れしてる人たちなので、よほど大きい修正が必要な場合じゃなければ、なにも口出ししないようにしていた。それは信頼感からくる余裕と安心感でもあった。でもそれは自分の役割を放棄・責任逃れをしてるのではないかと自己を責める考えもあって、それが精神病の考え過ぎなのか、わからなくてグルグルしていた。

団体行動とは別に自分個人の問題で、最近ほとんど運転をしていないので運転技術やアドレナリン制御が鈍っていることも、運転するかどうかの判断が要った。

ま、おそらく正解は「そんな細かいことは誰も気にしてない」だろう。ジクジクと被害妄想をしてるより、旅を楽しむことをやるべきだ。こうして団体行動のリハビリをしていくんだと思う。



●コミュコン
自分の会話が下手だったときに必要以上に反省してしまう精神病が多い。95%は上手く出来てるが、たった1回2回の言葉の選択ミスを、数日間考えて落ちてしまう。まぁ他の人のコミュはもっと雑(←おおらか)なので、これも「誰も気にしてない」だろけど。



●出会う人
最近良く思うのは、どうして良い人ばかりなのだろう?ということ。自分が成長したのか、全員歳を取って全員レベルアップしたのか。駅やファミレス行くと駄目な人も多いので、全員レベルアップはしてないよな。やっぱり自分が変わったせいで、付き合う人種が変わったんだと思う。



●スマホと団体行動
団体行動中に単独行動できるようになったのは、スマホのおかげという理由も大きい。いつのまにか別行動して、適度な頃になったら「〇〇で待ってるね」で済む。



●まとめ
そんなかんじで、楽しい旅行でした。日光旅行記、これにて完結。





# by nopain-nogain | 2019-04-25 06:42 | お出かけ | Comments(0)
日光旅行 その6 砕石場

東照宮から移動し、地下採石場跡を見学です。いずれ行きたいと思いつつ実現しなかった場所、偶然にもスケジュールに入っていて嬉しかった!




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すごい空間!



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天井!



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石切りの跡。



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階段。

20代の頃この近くに住んでいて、ほんの少しのお金と時間があれば見学できたのですが・・・当時は借金や人間関係で荒んだ生活だったので、時間もお金も精神的にも余裕がありませんでした。まぁでも当時は別の方向性でギチギチの人生勉強してたので、後悔はないかな。結果的に今こうして充実した人生で見学できるようになったし。成長の結果として、ちょうどいい。



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映画の撮影などにも多く利用されてるようです。



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ちょっとした遺産としての価値がありますので、普通なら自然な形で現状保管するのがベストと思います。が。なにしろ広大な空間なので、部分的に展示物でアクセントをつけるのもいいですね。良い展示です。



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写真は撮れなかったけど、地下水路もありました。



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今日は団体行動なので簡単撮影だったけど、ここは再訪して時間をかけて撮りたいです。



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オススメです。場所を伏せ字にしてるにもかかわらず(笑)、オススメです。



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さて。あとは都内まで帰路です。いろいろ考えたのですが、ここからは僕が運転することにしました。



●途中のサービスエリアで食べた佐野ラーメンが美味しかったです。佐野ラーメンって有名になってからは本来の味とは全く違うものになってしまったので、よほど地元の人じゃないと本当の佐野ラーメンは食べられないのですが、ここのサービスエリアは本来の佐野ラーメンにかなり近いのでオススメです。(場所を伏せ字にしてるにもかかわらず、オススメw)


●都内に入ってからは、まだ慣れていない下町の細い道と一方通行に気を使いながら、無事に帰宅しました。




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これは自分用お土産の「そぼろ納豆」。味は普通の納豆で、非常に食べにくい。正直言うと美味しくなかったです。地産とか防腐とかいろいろ理由があるのは承知してます。でも純粋に感想を言うなら、普通の納豆のほうが美味しいです。



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これも自分で自分に買った「耳うどん」。あまり知られてないけれど、栃木のソバ・うどんはけっこう美味しいのです。



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鍋にしました。予想通り美味しかった。お腹パンパンです。




日光旅行、楽しかったです。




その7(余談)につづく




# by nopain-nogain | 2019-04-25 06:11 | お出かけ | Comments(0)
日光旅行 その5 東照宮
朝の散歩から宿に帰って、ちょうど朝ごはんの時間です。


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釜飯やローストビーフなど、手作りのオリジナルメニュー。

旅慣れてくると、旅館定番の朝ごはん(焼き魚+納豆+卵+味付け海苔)には少々飽きていたので、オリジナルの品々がとても嬉しい。朝採れたてのベリーも野性的な味。この宿の料理人は、本当に料理が好きなんだろうな。とても満足。



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ご飯が余ったので、おにぎりにしてもらいました。登山やスキー客が多いので、朝ごはんをお弁当にしてもらうのは慣れている感じでした。



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雨予報でしたが、快晴。次の目的地まで移動。


●運転について
旅行中ずっと運転をしてもらって「ありがとう」は大前提として。遠回りや道間違えが多く、理屈効率バカの僕としては「ずいぶんロスだなぁ」と感じていました。昔の僕だったら「こっち行ったほうが早いよ」とナビゲーションする、あるいは自分で運転したと思います。でも今回はスケジュールもお任せしているので、何も言わずにお任せすることにしました。

でも未だに、自分がリードして効率化するのと、他人にお任せするのと、どちらが良いのかわかりません。どうしてその判断ができないのか、精神病だから?引きこもりで空気読めないから?普通はどうするんでしょうか。そういった葛藤も積極的なリハビリとして余裕を持ってできるようになり、ドライブは楽しく過ごせました。




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かなり遠回りしましたが、目的地に到着。



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週末の観光地ということで、人出が多かったです。



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観光客が多いと、カメラを水平にすることもあまり気を使わなくて良いので、良いですね。



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東照宮は10回以上来ているので特に感想はありませんが、一度も来たことがない人は見る価値あると思います。



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そういば今年はおみくじ引いてなかったとおもうので、おみくじ。



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補修中は普段見れない部分が見れるので、ラッキーです。人も居ないし。


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さらに人が居ない場所を探索します。派手な場所より、こういうところが好き。



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じっくり写真撮りたかったけど、裸足の足が冷えてきた。



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犬のお参り?ショーアップしてる感じだったので写真を撮らせてもらいました。「おじさんみたいな鳴き声の犬がいるな~」と話してたら、おじさんのくしゃみでした。「犬みたいなくしゃみするおじさん」でした。今旅行で一番笑った。




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4人旅行だけど、バラバラで行動することも多く。それが普通なのか、独特なのか、どっちだか僕にはわからない。もしずっと4人行動厳守なら、途中で挫折してただろう。



その6につづく。





# by nopain-nogain | 2019-04-04 20:09 | お出かけ | Comments(0)
一時うつ入り
軽いウツに入っている。


先週の木曜日から集中力が出ないな~と思い、週末は仕事を休むことにして、気分転換に電車で散歩にでかけたのだが、人混みに拒絶反応が出て、思った以上に精神力が弱っていることを自覚した。なので他人と接触を避けるように気をつけていたのだが、弱っている人を嗅ぎつけて寄ってくる習性でもあるのだろうか?こういうときほど何故か人が寄ってくる。そして些細な出来事がキッカケで、ウツがドバっと出血した。そこからは脳内で同じ呪怨をグルグルループ。久しぶりの鬱だなぁと、笑う。

今回はどうして鬱入りしたのか原因がわからない。木曜日以前も調子良かったし。まぁ小さい鬱なので数日でスッカリ治せるだろう。平素時に予備的に飲む「ベンザリン4分の1」は適度な効き加減なので、鬱ならもっと多く必要と予想するのだが、なぜか同じ量なのに5倍くらい効いてビックリ。ふわふわして楽しい(危)。美味しいもの食べてコメディ映画見て笑って、12時間寝た。悪夢は見ず、普通の夢をずっとみてた。起きて、まだ同じことをループしてるので、呆れるやら笑えるやら。自分の心身100%が何も問題ないと分かっているのに、現実にも何も被害がないのに、脳が「なぜ?」を繰り返すことを辞めない。へんな病気。まぁあと2日あれば治るかな。



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●おばさんと女子高生。
あきらかに自分が「対人恐怖症」という精神病を発揮していたので、駅のホームの端っこの誰も居ないところに立ってたら、女子高生がぶつかってきた。「あ、すみません」と謝ってきたので笑顔で「いえいえ」と返せたので、一般的なコミュコンは成功させた。のだが、なぜ、あの状況で接触するのかが理解できなくて「なぜ?」という呪文が脳をグルグル、これが脳から離れない。これだけ気を使っているのに、帰りのスーパーでも主婦がぶつかってきて「なぜ?ガラガラなのに」と、脳に追い打ち。そんな感じでウツのときは、逃げれば逃げるほど他人が寄ってくる不思議。まぁもし僕が女だったら、性欲臭ギラギラ男よりも、理系細弱男子のほうに行きたいものな、僕も。



●慣れたとはいえ、やはり団体&人混みは根本的に苦手。
統率&秩序が採れてないのが苦手なのだが、それもだいぶ慣れて団体の一員として楽しむことも慣れてきた。しかし一番イヤなのが、いざというときには結局自分がリーダーにならなければならないこと。急に団体の責任を背負うことになり、技術的にも精神的にも疲れる。あとリーダーになると必ず不平不満を言われる。それでも「自分がやらなきゃ進まない」「僕が犠牲になっても団体に楽しんでもらいたい」という脳があるから、常に緊張感をもってしまう。だからある意味自分がわるいんだけど。でも「誰かがやらなきゃ」の場面で見て見ぬふりするのは、もっと苦痛なんだよね。



●自分は悪くない
どうして多くの人は、あきらがに自分が失敗したのに「自分は悪くない!〇〇が悪い!」と主張するのだろうか?。僕だったらまず自分の実力不足を考えるし、例え100%自分が悪くなくても、他人が起こしたトラブルでも、自分の技量で解決しなければ、そのためにもっと成長しなければって思うのに。これもいつも「なぜ?」がスタートしてしまう。



●何でもできる人
よく「何でもできて楽でいいね」と言われるが、それは絶対に違う。ものすごい努力と責任感があるから技術が身についたであって、それは決して楽ではない。でも能力のある人って努力するのが当たり前だなので、いちいち「自分は努力したから〇〇が出来るようになった」って言わない。だから何もできない人から見たら「なんの苦労もせずに何でも出来る人」に見えちゃうんだろうな。自分の技術を身につけるだけでも大変なのに、他人の面倒までみるのはもっと労力をつかっていることを、わかってほしいですね。楽ではないです。
なにもできない人は、たいして努力もしてないし責任感もないし、難しい部分は他人に任せて、失敗したら他人のせいにして、成功や結果だけを楽しんでる。何もできないなら、せめて感謝の気持ちを持ってほしい。「なんでもやってくれて、ありがとう」でしょう。



●他人批判ぽい事書いてるけど、真意は批判ではなく「なぜ?」の自己ループ。それが辛い。
●「なぜ?」の答えは、ほんとうはもう分かっている。(解決してるのに、なのにループする)
●トータルで、人間関係はとても恵まれてるし、幸せ。
●ウツのときの文章は「ので」「けど」「でも」「、」が多い。でもウツのときはあえて推敲しない。
●ひさびさにウツっぽい文章書いたな~笑




●追記
予定通り3日後にはすっかり回復。仕事も余暇も充実してて、幸せである。



# by nopain-nogain | 2019-04-02 04:16 | 健康 | Comments(0)