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18歳のスピーチ
※「俺は昔すごかった自慢」です。



田舎の底辺高校を卒業した18歳。当時は日本で一番オシャレな横浜みなとみらいの、超有名コンピュータ企業に就職した。入社してから半年くらいは新人研修で、その課題のひとつとして毎朝3分スピーチがあった。バブル絶頂期の新人社員は苦労を知らない無責任な若者ばかり。とうぜんスピーチは幼稚で、聞き手も居眠りしてる人がほとんど。ときおり講師社員が寝てることさえももあった。

根暗パソコンオタクの僕は、こんな研修になんの意味があるのかわからず、それよりも早く得意のパソコンを触りたいと思っていた。スピーチの数日前からテーマをイヤイヤ考え出し、下書きもせず時間割りもせず、手ぶらのまま本番で喋っていた。どうせみんな寝てるだから、時間がくるまで一気にテキトウに喋った。

それよりも僕がもっとも気にしていたのは、栃木弁まる出しだったこと。文化的な方言ではなく、いかにも田舎の低貧民独特の汚い喋り方。それが恥ずかしかった。当時は田舎者をバカにするのは当たり前の世の中だったので、たとえテーマが良かったとしても、栃木ナマリが悪目立ちするだけだと思っていた。

スピーチが終わると講師の評価があって、いつもなにかゴチャゴチャ言ってるけど、そもそも興味が無いので覚えてない。だから僕のテキトウなスピーチなんて最も怒られるだろうと思っていた。でも評価は意外なものだった。



「あなたのスピーチは毎回すばらしい。内容はともかく、聞き手が全員グイグイ引き込まれていく。寝る人が一人もいないスピーチは、あなた一人だけだ。」



もともと人見知りの視線恐怖症なので、スピーチ中はずっと下を見ていた。だから聞き手がどういう状態なのか知らない。講師にそう言われてもピンとこない。でも毎回、同じことを言われていた。壇上から席に戻ると、周りの人達が(いつもと比べて)明らかに熱量が高いのは感じた。でも、なぜそうなるのかまったく分からなかった。




・・・・・

研修後はあっという間にトップチームに入り給料も上上上。でも「無能な先輩と給料が同じ」「技術職は10年、その後の管理職は死んでもイヤ」「自分の限界を知りたい」「満員電車イヤ」ということで2年で退社。そして独立。



その後いろいろあって、現在は執筆が仕事の主軸になっている。文章構成の技術的なロジックを知った今、18歳の僕がどうして魅力あるスピーチをできたのか、分析してみたくなった。いまの執筆やコミュスキルはここ10年の勉強の成果だと思っていたが、もともと能力を持っていたのだろうか?だとしたらなぜ?何歳から?


ちなみに18歳スピーチのことは当時から20年以上忘れていて、急に「そういえば!」と思いだしたのが数年前。当時のことは意識して思い出そうとしても思い出せないが、ときどき急に断片的に思い出すので、それをココにメモしていこうと思う。




※推敲ゼロ。追記予定。




●オチは熟考していた。
テーマを決めてからは「最後のオチ」を8割くらい考えてた覚えがある。対して全体は2割くらいでとても軽く扱っている。あるいはオチが決まらないのでボツにしたネタもあった。かなりオチを気にしていた。


●マクラ
落語で言うマクラ、漫才で言うツカミ。これは時間をかけるよりも瞬時に浮かばなければダメだった。内容がすごく良くなりそうでも、マクラがパッと思いつかない場合はボツにした。最初の数秒で興味を引かなければいけない、という考えがとても強かった。


●タイトル「味噌汁」
スピーチは5・6回あったはずだがほとんど忘れてて。8割くらい覚えてるのが「味噌汁」というタイトルの話。田舎から都会の社員寮に入っって食べ物が美味しくなく、お母さんのつくった味噌汁が懐かしい。という話だけど、田舎が嫌いで学生最後はほとんど家にいなかったし、横浜の食事を満喫してたので、まぁ全体的にウソ。


●タイトル「やなさって」
東京では「明日・あさって・しあさって」だけど、栃木では「明日・あさって・やなさって・しあさって」という方言の話。横浜で「しあさっての12時に待ち合わせ」したけど一日ずれて会えなかった、という話なのだが、このエピソードも捏造。他人の失敗は面白いだろう、という狙い。(ちなみにこのネタは今でも使っている)


●タイトル「??」
あと数本あるはずだが、内容もヴィジュアルも思い出せない。思い出したらココに書く。


●作文課題
スピーチじゃなく作文課題のときも「こう書いたらウケるだろう」と、ほぼフィクションな内容で提出した。こうして書き出してみて発見した。僕の発するモノはフィクションが多い、っていうか思い出す限り全部フィクションだった。エンターテイメントだ。悪く言えば虚言癖。


●他人のスピーチを覚えてないが、話題がつまらなかったり、聞きづらくてイライラしたのは覚えてる。もしかしたら世界経済とか社員としての心構えとかの話題だったのかも。


●中NOさんの「正しいソバの食べ方」は面白かった。ソバの食べ方にコダワリすぎて面倒な人になっている、という自虐的なネタ。唯一覚えてるスピーチ。


●石DAさんは頭が良くて面白いのだが「頭いい人あるある」の早口で何を言ってるのか分からない人だった。なのでスピーチも面白いことを言ってるんだろうが、全然聞き取れなかった。それを反面教師にして、自分も早口だったのでユックリしゃべるように気をつけたのは覚えてる。


●「別格のスピーチ」と言われると意識過剰になって失敗するはず、だが後半で大爆発も大失敗もした覚えがない。意識過剰になった覚えもない。(たぶん)


●小中高はバリバリ理系。作文も発表も苦手で一文字も書けないか、逆に超長文になった。いずれも高評価をえたことはなかった。いっぽう絵や工作は毎回受賞してた。イヤイヤ書いた絵が金賞で「なんで?」って思ったりもしてた。


●小学4年生の演劇練習で先生が書いた台本をみて「この脚本はダメだな」と強く確信した覚えがある。実際、発表会でもボロボロだった。いまのところ最古の記憶はこれ。




by nopain-nogain | 2019-07-22 20:47 | 執筆 | Comments(0)
100%ドン引きされる話題
自分としては面白いネタのつもりで話してるのに、しかも現実の真実なのに、聞いてる人が必ずドン引き・あるいはヒステリーになるネタがある。それは「乱数テーブル」の話。



コンピューターゲームはもともと一部のマニアだけの趣味だった。が、現代では老若男女誰もが気軽にゲームをしている。だから最近では「どうしてレアアイテム取れないの?」とか「運がいい悪い」といった会話を、そこかしこで耳にする。そんなとき元プログラマーだった僕は「乱数テーブル」が思い浮かぶ。

現実の「サイコロ」は運任せだが、コンピュータは「サイコロのようにテキトウで運任せ」ということができない。だから予め用意された「乱数テーブル」に従ってサイコロの気まぐれさを再現している。その乱数テーブルは固定されたモノなので、プログラムの知識があれば、狙おうとすれば狙って出すことができる。「電源パータン(wiki)」とか「露骨な調整」といった専門用語が出てきたら、それだ。

んで僕も大人なので、そんなネタバレみたいなことは言わないほうが(一般的には)ゲームを楽しんでもらえるのを知っている。のだが「教えて」と言われれば、知的好奇心にプラスになるかと思って「実は乱数テーブルっていうのがあって・・」と話し始める。しかしこの話をすると相手がイライラして怒り出すのである。ある程度インテリジェンス的な信用がある人にしか話さないのだが、それでもいまのところ100%おなじ反応をされる。

まぁ心理はわからないでもない。ファンタジーの世界で活躍するのを楽しんでたのに、すべてが単なる数字の表でコントロールされてたと知ったら、そりゃ興醒めするだろう。そんなの僕もわかってるから、よほど求めららたときしかこの話をしないのだが。「知りたい」と言われてもそれは本質を求めていなく、高確率で不機嫌になられることが多かったので、どんなに求められても、この話は封印しようと思った。

ただ、おなじ理系プログラマやTASレベルのゲーマーとは、この話題をするのはやっぱり面白い。またコンピュータがいまだに「テキトウ」ができないのは、ノーベル賞レベルの技術的課題だしね。理系が強ければ強いほど「不可能」ってわかっちゃうけど、何百年後かには乱数ができるかもね。そういうののほうが夢がある。





今の僕の周りには理系で送り手側の人間ばかりなので、こういう話題が当たり前だと体に染み付いちゃってる。でも一般的には、そんなこと知らないほうが楽しめる消費者側の人たちが大多数だ。だからそういう人たちに「どうして?」と聞かれても、答えを言うのは間違ってる。知らないふりして、一緒になって「運だよね~」と言うのが、正しいのだろう。




また、嫌われることを言ったな。でも僕はこれでいい。ワガママにも、理系とファンタジーの両方を身につけようとしている僕自身が、自分を自分で板挟みにしている。でもそれでいい、今の僕は、人生後半は、それが楽しい。





by nopain-nogain | 2019-07-01 06:17 | 執筆 | Comments(0)
編集の美意識


「編集」が好き。


●飲み屋で知り合った年上男性と映画や本などのクリエティブな話題で盛り上がってて。気を許して、理解されなくても良いから「実は僕、創作と同じくらい編集が好きなんです」って試しに言ったら「あ、そうなんだ!」と、急に握手。その人、むかし〇〇放送局のディレクターだったんだって。そっからはさらに奥の話題まで話せるようになった。嬉しい。


●学生とかの若い頃。映画や本などの作品物に「編集」というスタッフがクレジットされてて、「フィルムを継ぎ接ぎする雑用係なのに、なぜ大きくクレジットされてるんだろう?」って思ってた。30代中盤になって創作が仕事として上手くいっている要因を分析したら、無意識だったけど自分のやってることは「編集だ」と気が付いた。そして作品作りにおいての編集の重要さ、編集の楽しさを知った。


●自分の感覚、および他人作品を見てて、素材と編集の割合は(おおざっぱに)50%:50%くらいだとおもう。ときおり素材10%なのに編集で大成功してる作品、逆に素材100%なのに編集で大失敗してる作品も見かける。


●「構成作家」ってのも同じなんだろうな。文章を書いてるときは編集というより「構成してる」って感じる。



●出版社に所属する「編集者」っていうのは、まったく別。そういう立場のことじゃなくて、自分に身についてる作家レベルのスキルのこと。






●頭でイメージした起承転結が、編集していくうちに全部入れ替わったりする。もう別の作品っていうくらいの驚くほどの大編集である。これは一般的には二人の人間が居ないと発生しない事象なのだけど、僕が一人二役できるのは精神病で多重人格だからだとおもう。もう少し正確に言うと、作家・編集・読者という三重人格がせめぎ合って書いている。だからいつも姦しい。脳が。




●先日の「日光旅行」の記事。素材は揃ってるけど、全体の構成が整うまでに1ヶ月くらいかかった。中盤から写真の色合いの変化が少ないことが原因で迷いが出て、また1週間くらい間があいた。書けない時期に「書かなきゃ」という焦燥感があり、これはブログ依存症なのか、編集としてのタイミングに対する敏感さなのか、自分ではわからなかった。たぶん半々くらいだと思う。


●日光旅行の最後に「余談」をつけるのは、迷った。旅行中のことだけど、別記事にして健康カテゴリに入れたほうがいいか。いろいろ考えて、今回は団体行動に関連するメンタルなので、あとで読み返したときの記録の関連付けとしても、旅行記に含めた。


●旅行記が書き終わって一息ついた。が、最新記事が「妄想」ってのは、構成として良くないなぁ、もう一つ別の明るい記事書かなきゃ、という構成に対する義務感というか美意識みたいのがあった。でも適度な記事がない(大きい記事しかない)ので書けなかった。


●僕は作品創りの仕事をしてるから編集の本質を知ることができた。けど、クリエイターじゃない人や若い人は「編集・構成」の重要性って知ってるのかな?いま、クリエイター側にいると、学生でも「構成作家になりたい」って人がいるけど、あくまでこっち側にいるから聞こえる声であって、一般的にはどうなんだろう。まぁこんど聞いてみるか、迷惑にはならないだろうし。


●作品創りだけでなく商売や人間関係など、人生の全てにおいて編集が重要なスキルになっている。いま幸せなのは、編集ができるようになったからだというのが、80%である。


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by nopain-nogain | 2019-04-30 10:37 | 執筆 | Comments(0)
闘病日記と読み物との狭間
ここ半年くらいグルグル悩んでること。(内容ヒドイです)


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引っ越しや子供とかの健全な話題が連続するのって、読み物として面白くないとビクビクしてる。それを見た知人に「とうとう凡人に落ちたなぁ」と思われるのはちょっと嫌で、それ以上に自分自身が凡人になることが非常に怖く絶対に嫌なので、少しでも変人でいようともがいている。

たとえば大好きだったお笑い芸人が、結婚出産してから「子供あるあるネタ」しかやらなくなってキライになった。僕はそうなりたくないから、子供や家の話題を続けるのが怖い。

引っ越ししてから積極的&受動的に人間関係が増えてて、95%は順調にあるいはそれ以上にうまく行っている。それは「鬱病で対人恐怖症なのにもかかわらず対人が順調」っていうギャップが面白みであって、僕が病気なのを知らない人から見たらただの「友達たくさん自慢」に見えるかもしれない。自分でも「どこに行っても歓迎される」「優しそうって言われる」って書くのもしつこいと思ってる。

ただ、積極的に仲良くなった人たちはみんな立派な変人才人で、その面では自分がキープオン変人であることに自信がもてる。子共たちとの3日間が楽しかったのも外国人だからであって、もし日本人の子供だったら一緒に行動しなかった可能性が高い(ひどい)。

久しぶりに行った遊園地だって、一般健全な人たちをウォッチングして「列に並ばず早いものがち」「食事処でのマナーが悪い」という低俗状態を眼にして「ああならなくてよかった」という自己満足を得ている。本当の本心は、みんながマナー良くなればみんな幸せなのに・・・って思ってるが、でも現実を見ると「成長しないレベル低い人種」と思う。そのスノッブ感覚があるから自分はもっと頑張ろうのモチベになるのであっって、もう少し疲れていたらあんなマナー悪い人達と一緒の場所にいたくない(ひどい)。


つづく。
つづき。

そういったヒドイ考えはおおむね他人に期待しすぎる自分のせいだという自覚がある。田舎貧乏・家庭崩壊だった自分からすると、都会で金持ちはすごく上品なはずだ!結婚して子育てしてる人は自分に比べたら聖人なはずだ!という決めつけが強すぎる。その過剰な理想像のせいで現実にガッカリしている。

逆の現象もある。僕が時間が自由で好きなことを仕事にしてるから「いいなぁ金持ちの息子は」と言われる時がある。そんな人などどうでもいいのだが、ときどき攻撃をうけるのが面倒だ。そんなとき相手を傷つけず平和に解決するいい方法はないかな、と探してる。

あ、話がずれた。ただのグチになってしまった。

本題に戻ると、僕はもともと底辺の人間で、田舎貧乏借金地獄だったこと、やっとそこから抜け出したと思ったら過労で精神病になったこと、そこから地獄のリバビリを続けて今に至るること。その前提がないと子供やマイホームの記事の意味が違くなってしまう。そういう杞憂をしてる。

ああと日記の流れでどうしても他人の悪口書くときは、けっこう気を使って書いてる。どんなに悪い人でも攻撃するのではなく、読み物の登場人物として面白エピソードにできるように演出する、ま、それ結構好きな作業。でも嫌な人間関係はほんとうに少なくなって、やはり幸せ。(ん、またズレた)

まぁまぁこのブログも13年。そりゃコンセプトも混乱して当たり前だよな。当初はポエム書いてたもんな、死ぬほど恥ずかしいけど削除しなくてよかったよ。笑えるから。だから今も、悩んだら書いておくのが良いとおもう。グチも自慢も。10年後に見たら笑える。だから書きたいと思ったら直感で書いていこうと思う。しばらくは幸せボケな記事が続きそうだが、またそのうち大きく動くときが来ると思う。

そうだ一応書いておくけど、もしブログがなくても、リアルで誰にも知られないとしても、僕は知的好奇心と成長と冒険は続けます!絶対に辞めません!もしやめるときはそのときは自殺するときです(お~、ときときとき)


つづく。
つづき。


そうだ、趣旨は少し違うけどついでに。
「記事に関連した写真を付けなければならない」という強迫観念がある。そのせいで記事は書いたのに写真ないからアップしないとか、写真選びに2時間かけて結局アップしないとか、という無駄をときどきやってる。誤解さえなければ無難なイメージ写真付けておけばいいのに。あるいはフィラーとしてのアイコン写真をつくておくか。執筆でちょっと実績があったものだから、校正も厳しくなり、ボツが異常に多くなってしまった。書かなきゃ上達しないよ、それどころか落ちてるよ。とにかく書け。

※いま一つの記事書くのにだいたい2時間~5時間かかってる。もともと理系で作文苦手なので、特に校正に時間がかかる。



つづく。かな、おわりかも。




by nopain-nogain | 2018-06-24 23:17 | 執筆 | Comments(0)
自分のボーダーラインを超えるための絵
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左のような絵は人生で無数に描いた。しかし右の絵は人生で数枚も描いてないと想う。

右の絵は、無限のセンスがいる。想像すると目眩がする。本当のセンスって怖い。




by nopain-nogain | 2018-01-18 21:08 | 執筆 | Comments(0)
女性の年齢の段階的な呼び言葉
「悲しみのミルク」という映画を観ていて疑問におもったこと。10代後半から20代で結婚してない女性を指し示す言葉が解らなかった。男性なら「青年」で伝わるニュアンスの言葉。

調べてみると、おおむね
幼年期0~4歳
少年期5~14歳
青年期15~24歳
壮年期25~44歳
中年期45~64歳
高年期65歳~

改めてよく見ると、どの言葉も性別を表す言葉はないにもかかわらず、どれも男性をイメージしてしまう。特に「少年・青年・中年」は一般的にも男を指して使うことが多い。女性でパッと思いつくのは「処女・熟女・人妻」って、そりゃAVのタイトルだな。あ「幼女・少女」はあるのに「幼男・少男」は無いな。

調べれば有るかもしれないけど、調べないとわからないような馴染みのない言葉は、あんまり使いたくないんだよね。まあ今回は「青年女性」で意味的な伝わりはするとおもう。青年女性。


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●●悲しみのミルク
ペルー映画。「母の悲しみは母乳を通じて娘に引き継がれる」という古い言い伝えを信じすぎて自閉してる青年女性のはなし。テーマ的に女性なら共感できるのかな?僕は、人を不幸にする迷信がキライなので、感情移入できなかった。すごく丁寧に作った映画で絵もキレイなのに、共感出来なくて残念。「青いパパイヤの香り」のときも全く同じ感想を持った。女性と一緒に見るのがいいかな。


by nopain-nogain | 2017-11-30 22:42 | 執筆 | Comments(0)
ヘタとウマ
どんな趣味も仕事も、上手になっていくほどシンプルになっていき、他人との差もなくなっていく。じゃあ僕の未経験の世界に行ったとしても、もうコツを知ってるのでやはり初心者のようはなれない。だから逆に、初心者や下手な人の奔放さがうらやましいと感じる。僕にはもうその絵は描けない・・・

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と思っていたら、意外なときに無意識に描けた。しばらく嬉しかったし、いまも嬉しい。でも狙ったら描けない。どうしてこの時は描けたんだろ?








by nopain-nogain | 2017-11-07 08:14 | 執筆 | Comments(0)
ねむれないときにスマホで瞑想的にできる遊びになるかも。お絵かきアプリ
ねむれないときにiphone触ってはダメだとわかっているが、かといって布団に潜ってじっとしてると妄想がこじしれていく。だつたらiphoneのほうが区切りもあるしマシかなとおもう。

こないだ何となくミニアプリで絵を描いたのが楽しかった。アタマ使わないし適度に疲れるし達成感もある。特に一筆書きの「増殖」は羊を数えるのに似ている。

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5分。


お絵描きアプリとしてシンプルで最低限の機能。だから良いのだが、少し変な癖がある。例えば太線にすると縁がボケるとか。それを利用して被写界深度を表現することもできるが、それ考え出すとフォトショップよりむずかしくなる。

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20分。



あと点が描けないのがもどかしい。点書くにはいったん長い線書いて両端を消す、みたいなことやってる。パズルみたいで面白いのだが、やはりそれ考え出すと「寝れない暇つぶし」が本末転倒になる。
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10分。

寝入りは一瞬でそのまま寝れるときもあるけど、寝て1分以内に起きちゃってそのまま寝れないことが多い。やや睡眠障害だが、いつでも寝れるのであまり問題ない。



by nopain-nogain | 2017-09-23 03:44 | 執筆 | Comments(0)
増殖01
ねれん。

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ねれん。

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by nopain-nogain | 2017-09-16 04:43 | 執筆 | Comments(0)
フォントサイスを大きくした
フォントサイズを無指定(デフォルト9pt?)から、12ptにしてみた。

他者の面白いブログを読んだあと、自分の見ると小さく感じたので。変更したのはPCのみで、スマホは変化なしのはず。試験的・一時的で、戻すかもしれない。





by nopain-nogain | 2017-07-11 18:15 | 道具 | Comments(0)