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「害がない人」っていう他己紹介
近年、出会う人が良質な人ばかりなのはどうしてだろう?という疑問があった。おおざっぱに、下記の3つのどれかかなと思っていた。

・自分が成長した(人間不信が治った)
・周りの人が成熟し、変人の僕を受け入れてくれてる(年齢層の変化)
・世の中全体が良くなっている(社会的時代的なもの)


人と関わるのが楽しいので積極的に団体行動に参加していたのだが、さいきんいくつかの団体で「良くない人間」「レベル低い集団」も変わらず居ることが解った。たいした努力もせず、他人の幸せをひがんだり、自分のミスを誤魔化すような、人間性の低い人達。どうしてそんなに馬鹿でいられるんだろう・・・というわけで世の中は変わっていないということを知った。自分自身の変化の結果、良き人たちのテリトリーに囲まれ、レベル低い人たちが視界から外れたのだった。



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良い人自慢。


先日、あるお店の○十周年記念祝賀会に招待された。引っ越してきたばかりでまだ1年も通ってないのに、とても嬉しかった。だが一方で招待されてない先輩常連さんもいるので、この話題は口にしないようにしていた。しかし周りの人が言ってしまうので、少しヒヤヒヤした。

祝賀会の当日、会場では端っこの暗い席に割り当てられて、自分には居心地良いピッタリな場所にしてくれたなと納得して着席。同じテーブルの人に初対面の挨拶すると、やはり同じように静かなタイプの人でまた安心。無駄な社交辞令とか無く、言葉は少ないが、ひとつひとつに意味がある会話。居心地の良さを確かめる。

少し宴が進んだ頃「サインしてください」という人が数人きた。どうやら有名な女性らしい。本来は頂点に座るべき華やかな人が、この端っこの暗い席に居るのは、本人の希望なのだとおもう。「どういう有名人か」ということは、僕も彼女も話題にしない。

時系列は1年前にさかのぼって。
このお店に入った最初の日に「やさしさオーラがにじみ出てる」と言われ、いろいろサービスしてもらった。この記事。他の常連さんに紹介するときも「この人いい人」と連呼。やがて数カ月たった頃の僕の紹介文は「この人、まったく害がない人」になっていた。そんな他己紹介は初めてだ。「害がない人」って。

時系列は祝賀会に戻って。
僕とこの女性が同じテーブルに配置されたのは、ぼくが「害がないから」選ばれたんだろうな、と解った。そもそも招待されたのも、害がないから利用しやすいということだと思う。そのおかげで、著名な人と同席・会話することができた。そして逆隣の席には、TV局のディレクターの人。この人と盛り上がったのは、先日の記事に書いたとおり。向かいの席は今日の司会の人。このテーブル、4人とも演出側の人だ。すごい。


というわけで、僕はこの「害がない人」っていう紹介文がとても気に入っている。


数年前「この人はスゴイ人!」っていう他己紹介をされて、とても嫌な思いをした時期があった。そのことは何度も何度もブログに書くほど辛かった。現在は「この人いい人」っていう他己紹介が多くて、おおむねスムーズに入っていける。でもこれ古い常連さんに対して言われると反感を買ってしまう場合があるので、すこし落とすように気を使っていた(実際にはそういうトラブルはまだ一度もない、いい人ばかり)。そこにきて「害がない」ってのは反感を持たれにくい。そして警戒されない存在だと、いろいろな話しをてくれるので、先輩たちの面白い情報が聞けるのも楽しい。




それにしても「害がない」っていう他己紹介はとても絶妙だな~。もう自分から言っちゃおうかな「僕、まったく害がない人間なんです」って。自分で言ったら変かな?






by nopain-nogain | 2019-05-19 09:23 | 心理学 | Comments(0)
人が寄ってくる
書こうか書かないか迷ってたのだが、うなぎ屋の件で書くことに決めた。


さいきん仕事忙しいに加えて機材トラブルが頻発し、精神的に疲弊してるので、景気づけにうなぎを食べることにした。店内にイケスがあるような、中居さんが着物を着てるような、ほどほどに良いうなぎ屋さんである。注文してから捌くので30分くらいかかるという。

そうか、ここなら本物のうなぎ屋だけでしか食べられない「本物のうなぎのキモ焼き」があるかもしれないと思って。「あのーすみません、メニューにはないんですが、うなぎのキモってありますか?」と聞いてみたら。同年代くらいの中居の女の人が、えらく喜んで「うちのキモは・・・」と語りだしたのは良いのだが、そうとう嬉しかったのかボディタッチがすごくて。肩から腕・背中・下半身ギリギリまで、まんべんなくタッチ、というよりはナデナデされた。少し前の僕なら対人恐怖症発症しただろうけど、今の僕はいくらでもウェルカムである。

うなぎの肝焼きってもともと隠しメニューというかマカナイというか、わざわざこれを頼むっていうのは隠語の挨拶みたいな意味もあって。それキッカケで板前さんと話が弾んだり、キモにあう日本酒をだしてもらったりと、おじさんコミュの経験はあったのだが。女の人に抱きつかれるほどのことは、初めて。他に常連さんが数組いたのだが、僕のテーブルが一番サービスしてもらったとおもう。

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明らかに美味しい。うなぎは肉厚でふっくらで白くて薄味で、非常に満足。



あと、女医さんに気に入られて娘とお見合いしてくれと言われたり。浅草で着物の人に話しかけられたり。ベテラン揃いの忘年会に入れてもらったり。失語症のおじさんを感動させたり。あとあといろいろ。

数年前も妙に人が寄ってくる時期があったが、その頃は面倒な人が多く、こちらにメリットがなかった。よく「こっちくんな!」と書いていた時期だ。でも最近は、気分の良い人ばかりである。

ただ、もともと人間恐怖症の僕にとって「初対面で距離を詰める一般的なテンション」が解らないので、気に入られるにしてもちょっと一般的を超えてるんじゃないか?という迷いと、古い常連さんを飛び越してしまうことなど、すこし気を使う。




by nopain-nogain | 2018-12-14 02:52 | 心理学 | Comments(0)
精神的味覚障害
味覚の個人差って確認が難しい。


色の仕事をするようになって認知したのだが、色を正常に見れる人って30%くらいしかいない。それでも色や音は簡単なチェックで個人差をフォローできるのに対し、味覚の個人差って認識が難しい。

でも今日言いたいのは、医学的な感覚差のことではなく、「精神的な理由で感覚が歪んでる人たち」のこと。



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僕はプロ思考なので客観と主観の両方の意見を知りたいし、もし自分の感覚が劣っていたとしてもソレを知ったうえで工夫していくのが楽しい。

しかし多くの人は「好みは人それぞれ」という呪いの呪文から抜け出せなず、それなのに他人と違うことに対してヒステリックになる。「高い絵なんだから感動しなきゃいけない」「行列できてるから美味しいに決まってる!」っていう主観も客観もない人達を見ると、人間が怖い。

まぁそうなる理由は解らなくもない。本当は不味いと思ってるのに「美味しい」と言うのは、嫌われたくないとか、美味しいと思い込まないとお金がもったいない、といった自己保身だろう。そういうクセが染み込みすぎてて、正直な「感覚」が歪んでしまっている。医学的ではなく精神的な味音痴。自己洗脳。

僕だってそういうクセはある、あった。ただ僕は鬱病で死にかけたときに、食べ物も友達も言葉も、すべてが生死にかかわったので、正直になるしかなかった。そうして自分の感覚に素直にしてるとますます敏感になり、本当に良い物を選べるようになった。そして同じように素直な感覚を持っている友達ができた。そこからずっと幸せである。



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感覚が正常、または感覚に素直な人って30%にも満たないだろう。職人や本気友達はそういう面の信頼ができる。しかし日常的には、感覚が歪んでいる人と接する場面も多い。そういう人たちとの認識の差を埋めて盛り上げるのは別のテクニックとして楽しめるが、美味しい料理を食べるときは同席したくない。






by nopain-nogain | 2018-09-11 23:53 | 心理学 | Comments(0)
流行りで寄付する人達の心理を少し理解する
大きい震災のたびに、お祭り騒ぎで寄付をする人達の心理がよくわからなかった。悪いことじゃないけど、もっとやるべきことがあるだろう。ほんとに人助けがしたいなら、地元で・お金よりも行動で・恒常的にやればいいのに、って想うんだけど。

ふとその心理に気がついた。責任逃れだ。匿名で遠地に一方的にお金を送るだけなら自分に責任がこない。それに対し、人と人でボランティアをするのは、責任や書類や失敗や時間や金銭や犯罪などリスクが多い。あと流行ボランティは「その話題しないと人間失格」みたいな強制団体行動に対する自己防御もあるだろうな。

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閉まりが悪くなったドアに油をさすのも人の役にたつんだけど、いつまでたってもギーギーバタバタうるさいのに誰も何もしないのな。


by nopain-nogain | 2018-04-12 10:11 | 心理学 | Comments(0)
バックアップは精神的な底なし沼
やろうとおもって放置していたPCバックアップデータの整理を始めた。そしたらゼイゼイ言うくらい疲れている。

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自営業や創作の努力は上限がないけど、やったぶんだけ実力や売り上げにつながる。しかしバックアップはやってもやっても下限がなく、しかもその努力が無駄になるのが一番望ましく、万が一役に立つ時は必ずネガティブ状況という、まさに鬱病の象徴のような作業である。

実際に鬱病のころ頻発したパソコントラブルでバックアップという砂漠からしらみつぶしにデータを探し出す、というようなトラウマ経験も蘇り、ここ数日、精神的にハフハフ言ってる。夢見も悪い。作業自体はコピーしてるだけなのにね。トラウマ。




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約15年分のバックアップデータ。HDD20台とCDR・DVDRで300枚以上。これがダンボール2箱・80kgくらいになってて、じゃま。これらのデータを・・・


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3テラバイトHDDにまとめる。3TBが1万円。手のひらサイズ。技術と価格の進歩はすごいな。今回はデータの整理というより、物理的に省スペースにするのが目的。


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パソコンでどんなに削除しても情報は残るので、物理的に破壊するのがベスト。


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「バックアップ」という予備の作業で精神を削られては本末転倒、でもバックアップが無い不安も精神的にダメ。どっちにしてもダメなのが強迫性障害。でもこれくらい神経質だからこそ(商売的にも生命的にも)生き延びてこれたし、今がある、とも言える。





by nopain-nogain | 2018-03-28 17:57 | 道具 | Comments(0)
貧乏だけど列に並ばない人生で良かった
僕は貧乏で心も卑しかった。自販機に手を突っ込んで取り忘れたお釣りを探してた。でも、行列に並ぶのは大嫌いだった。しかし今になって、貧乏から抜け出すためには行列に並ぶことは最も最悪の人生だということが、今になってよく分かる。同じ年齢の人が行列に並んでるのを観て、自分は自分の人生でほんとうに良かったと噛みしめる。

なぜ僕が行列にならぶことをしなかったのか、理由は解らない。


by nopain-nogain | 2018-02-07 16:00 | 心理学 | Comments(0)
僕のテーブルに入ってきたがる人達
毎度毎度同じグチです。



行きつけの居酒屋で信頼できる3人で楽しく飲んでた。そしたら僕達のテーブルに入ってこようとする人がいて、一人はやんわり断ったのだが、一人は強引に座ってしまった。案の定、テーブルは盛り下がってしまった。

僕達のテーブルが楽しいのは、信頼関係があるから。だから言葉が少なかったり、話題が飛び飛びでも盛り上がる。でもそれは他人からみたら表面的に薄い状態に見えるのかもしれない。だから「オレはもっと面白いネタを知ってる!」と意気込んで入ってくるのだろう。しかしそれは本質を見る眼がない人の誤った判断だ。

僕達の会話は、いましている話題ではなく、前後の構成の流れを楽しんでいる。その流れが上手であればもちろん、唐突で意味が判らないとしても、この人なら最後には笑わせてくれるんだろうという信頼と期待と話術がある。(特に今回は二人が作家、もう一人も絵書き)

僕が「澄ましバター」の話をしたのは、前の話題が落ちたところで、このあとの別の話題への橋渡しが目的。他の二人もそれを解ってて、一息つく時間。だからバターのことなどどうでもいい。なのに邪魔者は「バターの美味しい使い方」の料理自慢を始めてしまう。僕たちは流れを断たれ、聞くしか無い状態になるが、とうぜん聞いても面白くない。

僕はスマホをいじりだし、一人はトイレに立った。もう一人は何してたのか知らない、ゴメン。

邪魔者をなんとか追い出した所で、一人が「男はさしすせそで褒めればいい」と言い出した。「さすが!知らなかった!すごいですね!せ(?)そうですね!」とか、そういうやつ。これももちろん「さしすせそ」の話題ではなく、別の意味。これにて3人は今の感情を同意し、話は再び流れだした。そのあと何を話したか覚えてないが、お酒も話題も特急列車のように突き進み、再び楽しい時間になった。

いっぽう、まったく入ってこない人も居る。その人との距離感は、お互いに上手にできてるんだとおもう。そういう人のほうが信頼できるし、そういう人が入ってきてもジャマにはならないと想う。でもこれが適度な距離感なんだとおもう。それ大切。


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普通のバターは180度で焦げてしまう。澄ましバターの発煙点は250度。

「超理系でオタクで躁鬱病で毎朝死にたいと思ってる僕が澄ましバターを作っている光景」を、悪い方に妄想するのが面白いのであって、健康的で料理上手な人が澄ましバター作った話なんて面白くない。こんなの簡単なことでしょ?

さいきん色んな人が寄ってきて、良いこともあるし悪いこともある。今日のように楽しい時間をジャマされないように、なにかいい対策を身につけたい。僕達のテーブルが盛り上がってるのは僕達だからであって、あなたが入ってきても面白くならない。そのことをわかってもらうにはどうしたらいいんだろう?



SNY,SCH,MTM,SGYM
by nopain-nogain | 2018-01-17 03:56 | 心理学 | Comments(0)
自分にないセンスを探せないが、努力不足ではない。
何回も書いてることだが、自分の知らない情報やセンスがまだまだ有るはずなのに、それを見つけることができない。

何時間も探して探して、いつのまにかまた知ってる知識の延長線上をウロツイてることに気がついたとき「まぁ慣れ親しんだ場所で休憩も必要だよね」という考えが浮かぶ。そうなってしまうのは探すことに疲れてしまっているからだろう。

先週、若手漫画家Mと飲んだ時に「新しいセンスが欲しい時、どうしてる?」と聞いたら「東京で舞台観たり、自然を散歩してる」とのことで、おおやっぱりそうだよなぁ。と思ったのだが、よく考えたらそれは引きこもりがちなMに対し僕が言ったアドバイスをそのまま実行してることだった。

こういう他人へのアドバイスが、何年もたって自分へのアドバイスとして跳ね返ってくる、ということがたまにある。それは過去の自分が未来の自分へアドバイスしてるのと同じことだ。他人に対して本気で接しているからこそ、その若手に救っってもらえる。過去の自分、えらいな。

同じようなことでやる気がでない時、他人の頑張りを観てモチベを上げることあるが、過去の自分の作ったモノを見たほうがモチベが上がるっていうのもある。これも「広げたつもりがいつのまにか自分に戻ってる」だ。まま自分のは見えない苦労やドラマも知ってるからね。


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夜の散歩中に撮ったこの写真が気に入ってる。

左上と右下が黒く欠けているのはそれぞれ抜け(夜空)と前ボケ(建物)という全く別の物体なのだが、同じ影の形になってるのがポイントで。「無い」と「有る」が同じ形ってのが色即是空だなぁと。あとこれは写真だからできる画角であって肉眼では意味がない、だから写真で有るべき被写体なのである。そんなの説明しなきゃわからないので他人には評価されないだろうが、でも自分ではかなり気に入ってる。でも万が一他人が共感してくれたらすごく嬉しい。(ただし右上の黒影が残念。時間かければ画角作れたが、スナップ2秒で留めた)

2年前くらいから「うつ状態のほうがセンスが湧き出る」っていうのを活用(悪用)しているが、そういえば現役ウツのころは良く深夜徘徊してたっけ。あの頃は良くも悪くも常に手応えがあったなぁ。深夜の散歩は見どころが多いのかもなぁ、もっと外に出なきゃって想う。

でもまぁ焦らなくても来年から新しい生活はじまるしね、それも努力の一つだから。鼻血が出るほどだから。頑張りが足りないってことはないね。



by nopain-nogain | 2017-12-28 02:24 | 心理学 | Comments(0)
人寄せの光と影
「最近、なぜか妙に人が寄ってくる」を、とうとう「人寄せ」とまで略してしまった。「ネコ寄せ」レベル。悪趣味な表現なのは承知で。




夕飯がてら居酒屋に入ったら満席で「また来ます」と帰ろうとしたら「ここ座っていいですよ」と全く知らない女性二人のテーブルに混じり、閉店まで3時間盛り上がった。最近人が寄ってくるとはいえ、こんなの初めて。光。

初対面のおじさんに気に入られ、高い日本酒・高い食べ物おごってもらう。光。
料理店の板前さんに気に入られ以下略。光。
一人で飲んでるとサラリーマンに絡まれる。影。

広い道なのにぶつかってくるのはサラリーマンかきれいな女の人。影。
狭い道なのにぶつからないのは地味で真面目そうな女の人。光。

電車ガラガラなのに隣に座ってくる人は臭くて雑音多い男の人。影。
電車ガラガラなのに隣りに座ってくる女子高生。光。

自分から自然と店員さんに話しかけられるようになった。光。


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●全体的に「鬱病で人間不審の被害妄想」なのは自覚があるが、一番最初の「知らない女性のテーブルに座る」は鬱病のやつじゃないよね。それとも皆んな当たり前の出来事なのかな?

●KMMに入ったとき、サラリーマングループに「なんか変な人来た」みたいな目で見られて、ちょっと安心した。本来僕はは嫌われて当然の人間だから。それに寄ってくるばかりで妄想と現実の区別がつかなくなってきてるし。

●電車やベンチなどで、ガラガラなのに横に座られることがとても多い。とても不思議。

●パッと観て「面倒そうな人だ」っていう判断はかなり高確率でできるようになったので、そう言う人にはきちんと嫌われるようにすること。あからさまでもすぐ逃げること。油断すると蝕まれる。ギッギッギ!。

●それでも他人から不快な思いをさせられて精神的にグルグルしてしまったときは、相手のことや出来事を考えるのを辞めて、ムリにでも「自分が悪かった、謝って和解しよう」くらいに自分を責めたほうが、結果的には精神被害が少なくて済む。テクニック。

●嫌な人と、良い人と、両方寄ってきてる。なんとか頑張って対応してるので、良い経験のほうが多い。これからもどんどん寄ってきてほしい。楽しい出会いを増やし、嫌われるテクニックをもっと上達したい。




by nopain-nogain | 2017-11-30 05:03 | 心理学 | Comments(0)
10年前と10年後
20代=自分は正しいと思いこんでいた。

30代=若い頃はバカだったなぁ。いまやっとマトモになった。でも10年後にまた同じように「10年前はバカだった」と想うのだろうか?

40代=10年前は頑張って急成長してるけどまだまだ不安定だなぁ。いまやっと安定したな。10年後も基本的に変わらなそう。ちいさい変化はあっても根本は固まった気がする。

50代=どうおもうだろうね?



話は変わって。写真や文章って、最初は真似とか技巧に走り、だんだん自分の内面磨きになり、ある程度まで達すると頭打ちで熱が下がり、しばらくして急に逆噴射する感じがする。

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こういうのとか。


いろいろ極めると原祖に戻る気がする。歳取った、てのとは違うんだよ。シンプルにするのってけっこう労力と勇気がいるから。あとそうそう、みんなが盛ってるなら自分は下してみようとか。そっちのほうが難しいことは、上級者じゃないと解らないじゃん。そうやって解る人だけに伝わればいいかなって。



by nopain-nogain | 2017-11-01 02:20 | 心理学 | Comments(0)